iiiqura

しかし、今はもう、本当に結婚産業に躍らされて、錯覚ばっかりです。そして、結婚式の時もね、「良い旦那さんになって下さい。良い奥さんになって下さい」ってよく言いますよね。私は結婚式のスピーチを頼まれたら、よく言うんです。「そんなもんになる必要はない。良い旦那、良い奥さんになろうとすると無理がいく。それより、良い人間同士でいるようにして下さい」そうしたら旨くいきます。これが基本なんですね。職場でも、良い上司であろう、良い同僚であろう、良い部下であろうとするよりも、そんな肩書きとかね、記号はどうでもよくって、「良い人間同士で一緒に働きましょう」ってしてると、旨く行くんです。

ですから、良い母親であろう、良い父親であろうとすると、背伸びをすることになる。ところが、「良い人間同士で、この家で一緒に生活していきましょうね」ってすると、旨く行くんですよね。ですから、夫とか妻とか舅とか姑とかは記号に過ぎないから、それに囚われないことです。そんな言葉は辞めちまったほうがいいんです。そんな言葉にとにかく囚われるから、あの橋田寿賀子さんの馬鹿なホームドラマみたいに、「嫁姑だ。鬼嫁だ」と言われるんです。人間単位にすれば、記号に振り回されません。そうすると、みな旨く行きます。だって、「夫」という言葉だってね、場合によって変わるんですよ。子供の前では「父親」なんですよ。お母さんの前では「息子」ですよ。妻の前では「夫」です。電車の中では「痴漢」になるんですよ(会場笑い)。そうです。一人の人間ということは変わらないんですよ。何処でも変わらない。人間単位でものを見るようにする。

(via jinon)
本当に重要なことは、何度も何度も目にすることになる
thechemicalkid:

Alex Cayley
W杯見てたら、おばあちゃんが「何でこの人達は手を使わないの?」って聞いてきたから「オランダってのは格上で、お前ら日本なんて手を使わなくても勝てるってなめられてるの。そしたらこっちも使うわけには行かないじゃん」って説明したら「いつの時代も男は馬鹿ね。」っていう重みある言葉を頂いた
Twitter / 全裸の底カ

2010-06-30

(via yamatema, sjmp)
ほんで、家庭環境のいい子は学校なんかなくてもそれらを手に入れる。家庭環境の悪い子は学校があっても身に付かない。ごく僅かな子だけが学校教育の恩恵を受ける。でもそのごく僅かな子こそが階層移動の希望なんよ。だから、わかった風に学校の勉強なんて役に立たないなんて言わないで欲しい。
大人になってわかる。社会科は歴史を知り国のシステムを知るために。理科は生きているこの世界の成り立ちを知るために。算数は生活を少し便利にするために。英語は沢山の人達とわかりあうために。そして国語はそれらの全てを正しく理解するために学んできた事が。全て私達が生きることに繋がっている。
明日はなんとかなると思う馬鹿者。
今日でさえ遅すぎるのだ。 賢者はもう昨日済ましている。   

クーリー
sun-mo0n:

You make beautiful things by daisy chain2010 on Flickr.
curioos-arts:

Andreas Franke (Austria)