コンビニに行ったら中学生くらいの男の子が真剣にリラックマのストラップ見ながら「兄ちゃん、男がこれ携帯に付けてたらまずいかな?」と、兄に相談してて、「兄ちゃん買ってやるよ。みんなに言われたら兄ちゃんに貰ったから仕方なくつけてるっていいなさい」と返した兄がイケメン過ぎて真顔作るの大変
“
| — | Twitter / skgnhomo (via himmelkei) |
商人主義のイスラム教のコーランには、
「お客さんのとこで豚肉出されたら食っていいよ。食わないのはお客に失礼だし」と明記されてる。
性悪のフビライ・ハーン(チベット仏教徒)は、わざとイスラム教徒の色目人に豚肉料理出して
食わなかった人間を処刑した。コーランをきちんと読んでないという理由でな。
「お客さんのとこで豚肉出されたら食っていいよ。食わないのはお客に失礼だし」と明記されてる。
性悪のフビライ・ハーン(チベット仏教徒)は、わざとイスラム教徒の色目人に豚肉料理出して
食わなかった人間を処刑した。コーランをきちんと読んでないという理由でな。
子供の頃は30歳といえばかなり「大人」だと思っていたが、なってみるとまったくそんなことはなくて。おこづかいを貯めてシャーペンを買って、ラクガキをしてよろこんでいたあの頃から結局は何も変わっていない。未来はどこまで行っても今の自分と地続きなんだな、ということをしみじみと感じる。
あまりにも変わらなくてがっかりすることもあるけど、それでもほんの少し成長したかなと思うこともある。
・相変わらず人見知りだけど、少しだけ積極的になった
・未だにコンプレックスのかたまりだけど、だからこそ努力をすることと人に頼ることを学んだ
・自分の弱さがつくづくイヤになることも多かったが、そのぶん人に優しくなった気がする
うすい紙を一枚ずつ重ねるようにこんな「少しだけ」を積み重ねてきたところに「今」がある。期待するような「劇的な変化」なんてモノはどこにもなくて、でも一枚一枚は大した厚みじゃなくても気がつけばこんな高さまできたというか。その間がひとつでも抜けていたら、今いる場所に、今のような自分ではいなかっただろうなんて思うと不思議な感じもする。




